【連載】月刊ブング・ジャム Vol.31 "芸術の秋"に使いたい! ブング・ジャムおすすめの文房具(その1)
本サイト編集長の文具王・高畑正幸さん、イロモノ文具コレクター・きだてたくさん、ブンボーグA・他故壁氏さんの3人による文具トークライブユニット「ブング・ジャム」が、気になる最新文房具を独自の視点から切り込んでいく「月刊ブング・ジャム」。Vol.31では、“芸術の秋”におすすめの文房具を紹介してもらいました。
第1回目は、他故さんがおすすめするサクラクレパスの「プチカラー」です。
(写真右から他故さん、高畑編集長、きだてさん)
超コンパクトで気軽に水彩画が楽しめます!
「プチカラー12色セット」(サクラクレパス)
――今回のお題は「芸術の秋」です。テーマに相応しい、アートな文房具をご紹介いただきましょう。他故さんからでよろしいですか。
【他故】この場でよく「絵を描くのが好き」とか「マンガを描いている」とか言っていますが、実は色を塗るのが壊滅的にダメなんですよ。子どもの頃から、色を塗るのがまるっきり下手で。
【きだて】他故さんは、前からそれを言っているよね。
【高畑】下描きが一番かっこいいんでしょ。自分もそうだからなんかわかる。
【他故】そう。下描きが好きで、白黒はいいんだけど、色を塗ると最悪になっちゃうのが自分でも分かっているので、絵を描く授業がすごく嫌だったんですね。悶々としている時代が長くて、その間にカラーペンや色鉛筆で色々試してみた時期もあったんですけど、ものにならずにここまで来て。で、そろそろ「もう上手くならなくてもいいんじゃないか」って割り切りができた(笑)。
【きだて】あきらめた(笑)。
【他故】でも、水彩ってやつに強烈にあこがれがあって。
【きだて】あきらめが悪かったのね(笑)。
【他故】あこがれているけどできない、自分のもやもやしているところを、なんとなく趣味というかたちでコンパクトにできないかなと思って。家にいて、狭い机を片付けて画材を出して、というのは性に合わない。できれば小っちゃくて、持ち歩けて、どこでもちょっと描けるみたいな。モノとして、小さいのが好きなんですよ。
――なるほど。
【他故】比較的安価でいいのがないかなということで、今回試してるのはサクラクレパスの「プチカラー」というものです。簡単に言うと、12色の固形絵の具が入っていて、パレットの代わりになるようなケースが付いていて、水筆があって、拭くときのためにスポンジも付いているんです。それで、個人的に面白いなと思ったのは、水筆が付いているやつって、短いものが付いていたりするのが結構あるんですが。
【きだて】スポイトみたいな小さい水筆とかあるよね。
【他故】そういうのもあるけど、ある程度長さがあるので、その長さに合わせているので、比較的ケースが大きいんですよ。ケースが小さいやつって、水筆が入ってなくて、すごい細い筆が入っていたりするのがあるんですけど、それだと水を持ち歩かないと固形絵の具を使えない。なので、水を内蔵できて一番小さいのはどれかなと見ていたら、「プチカラー」の水筆は二つに分かれているのがあって、中栓を外して逆ネジで回して合体させると水筆になる(下写真)。このギミックも込みで好きなんですよ。
【きだて】そうか、水筆は分割しちゃっても良かったんだ的な。
【他故】そう。あんまり厳密なことを考えなくても、分解したらフタすればいいんだっていう(笑)。
――二つにできるのは、これだけなんですね?
【他故】いくつか見ているんですけど、分解できるのってサクラのでしか見たことがなくて。
【きだて】絵手紙ブーム以降、こういうコンパクトな水彩セットってめちゃめちゃ出たじゃん。
――出ましたね。
【他故】元々、プロ向けのいい絵の具がいっぱい入っているのはあったんだけど。本格的にやると、これぐらいの大きさでも、4、5千円ぐらいするのはざらにあるので。
【高畑】有名な画材メーカーは大体出しているよね。
【他故】そうなっちゃうと、あこがれで終わっちゃうけど、これが確か1,600~1,800円ぐらいだったのかな。
【きだて】そんなもんなんだ。
【高畑】「プチカラー」は確か、サイズが4種類くらいあるんだっけ? このパレットの数が違うやつがあって、一番大きいやつは70色ぐらいあるんだよ。
【他故】あるある。段々大きくなるんだけど、これが最小のやつかな。僕の場合は、本格的になにか描くというよりは、水彩に対するあこがれをちょこっと充足できればいいので、とりあえず12色あれば混色して色が作れればいいやと思って。
【きだて】水彩だからね。混色が前提だし、とりあえずこれぐらいあれば。
【他故】本格的に何かを描こうとすると、これだけじゃ色が足りないとなるかもしれないけど、ちょっと絵を描いて、色を塗る程度だったらこれぐらいでいいかな。
――これで充分じゃないですか。
【きだて】他故さんは風景画じゃないじゃん。基本、自分で描いたイラストへの彩色じゃん。
【他故】まあ、そうだね。
【きだて】それだったら、まぁ70何色もなくても問題ない、と。
【他故】全然要らない。
【高畑】「プチカラー」って、12色からはじまって、24色、30色、36色、48色、60色、72色って、こんなにあるの!
【きだて】すごいシリーズあるな。それで、これが一番小さい12色セットなんだ。
【他故】そう。持ち運べるような大きさじゃないと、僕は普段使わないし、机も狭いから。画材だけ置いておく机があるわけでもないしね。これだと、ちょっと置いておくだけでいいから。
――普段はどういうところで使っているんですか。
【他故】まずは、自分の机ですね。「ちょっとだけ色を塗りたいな」というときに、選択肢の一つとして常に置いておくんですね。持ち出してスケッチをするところまでは、正直したことがないです。できるようにはしてますけど。
――どこか屋外でスケッチという感じではないんですね。
【他故】そこまではしたことがないですけど、どこでもちょっと色が塗りたいなと思ったときに、このぐらいの大きさのものだったら持ち運べるかなと思います。小ぶりのジップバッグに全然入るので。
【高畑】サイズ的には、モレスキンの小さいノートよりもコンパクトだから、持ち運びにはいいよね。
【他故】思った以上に薄いしね。重たいものでもないし。
【きだて】全然軽いね。固形絵の具で水分少ないし。
【他故】だから、すごく楽。持ち歩けるというよりも、家の中でも気軽に置いておけるという。
【きだて】それは大事だよね。水彩絵の具って、塗り始めるまでがわりと敷居が高くてさ。筆洗のために水を用意しないといけないとか、さらにその水がこぼれないように気を遣ったりとか。そういう面倒を考えると、固形絵の具+水筆というのは、自宅で水彩をやるためのひとつのアンサーではあるよね。
【他故】気軽に使ってほしいなと思うんだよ。どんな文房具でもそうだけど、僕も気軽に使いたかったので。基本的には、線画を描いてそれに色を塗るというパターンがほとんどなんだけど、自分の中では苦手意識があるので、風景画もやってみようと思って描いてみたりとか。
――この絵、めちゃくちゃいいじゃないですか。
【他故】水彩って、ごまかしが効くからいいですよね(笑)。すごい適当に描いていても、めっちゃ雰囲気出ますね。色見本帳を作るのも、今は万年筆で流行っているじゃないですか。元々は、水彩絵の具がどんな色かを試すのが始まりかなと思っているので、そういう原点に戻ってやってみるのも楽しくて。単に、これを塗るだけで、「俺、めっちゃかっこいいことをしてる」っていう気になる(笑)。
【きだて】わはは(笑)、分かるよ。
【他故】絵心がどうかというのは関係なく。なので、敷居が高いという中で一番低い部分を狙って、今回これを試しているんですが、お金がそれほどかからないということも含めて、たまにはこういうのもいいんじゃないですか。芸術の秋というほどでもないかもしれないですけど。
【きだて】基本、絵を描くのも、色を塗るのも技術じゃん。何か技術にトライするときって、ハードルが低ければ低いほどいいんだよね。圧倒的に。
【他故】そうだね。あこがれはあっても、そこに一足飛びにいけるわけがないからね。
【きだて】その点、このセットは、ハードルをだいぶ下げてくれる効果があると思うんだよね。すごい気軽だし。
【他故】本当にそう思うね。それでいて満足度が高いんですよ。画材を出してくるのが面倒だったりとか、チューブの絵の具だったら、一度ひねり出してからじゃないと使えないし。
【きだて】そう。しかもチューブ絵の具は、一回出しちゃったやつを戻せないじゃん。
【他故】戻せないから、そのままにしておくと、大抵ガビガビになっちゃうし。それだったら、最初から固形絵の具でいいじゃんというのがあって。でかい紙に塗るのだったら大変かもしれないけど、たまたま今手元にあるのが、モレスキンの「ウォーターカラーノートブック」で。
【高畑】ああ、水彩用なんだ。
【他故】これも、3年前から細々と使っているんだけど、たまにこういうのを取り出して使ってみるのも楽しいなと思って。まあ、偉そうなことを言うわけではないですが、気軽に色を塗ってみたいなというときの選択肢として、こういうのもあるよとご紹介したくて。
【高畑】全然アリアリだよ。
【他故】カラーペンだと、それなりに色を揃えないと塗れないとか、そういう制約もあるし、色鉛筆だと思ったような濃さが出ないとか、色々と自分の中で好みがあると思うので、そこも含めて、僕は今水彩に挑戦しているところです。
【きだて】そもそもブング・ジャム内で“芸術の秋”括りの話をしていると、どうしても他故さんに期待がかかるわけですよ。
【他故】わはは(笑)。
【きだて】一番絵を描く人間だしさ。だからって初っ端からそんな敷居の低い話をしていて大丈夫なのか、という気がしないでもないけど(笑)。
【他故】いやいや(苦笑)。そんなの、敷居が低くなかったら始められないし、敷居が高い話をしてもしょうがない気がするんだよね。それはそれで、プロが描いているのを見ればいい話だし。「もっと楽しもうよ」というのが本来の話だから。
【きだて】“Play fun”ですよ。それ大事。
――しかし、これすごい小っちゃいですよね。
【他故】化粧コンパクトみたいなイメージですよね。固形絵の具のこういうセットって、意外とケースが分厚いのが多いんですよ。それに比べて、これはムダをそぎ落としたような、中身だけのやつなので。もっと高級なものだと、裏面にマグネットが付いていて、ケースごと付けられるというギミックがあったりしますけど。
――カバンじゃなくて、ジャケットのポケットでも大丈夫そうですよね。
【きだて】全然いけますよ。
【他故】かなりサクッと入れられますよ。
【きだて】固形絵の具+水筆だからあれだけど、色のびがそんなにないから、ちょちょっとした塗りにちょうどいいよね。
【高畑】うん、ポケットノートに描くなら充分だね。
【他故】大きいものを描くという発想が、元々僕にはないので。
【きだて】絵手紙とか、そういうサイズの絵にいいという設定になっているんだろうね。
【高畑】以前から、こういう小さい固形絵の具のセットがあったりするけど。それが、旅に行ったときにはがきサイズのスケッチブックで書く人が使うのにちょうどよかったりして。
【きだて】これぐらいの色のびだと、はがきくらいの小さい面積でぼかしたりグラデーションつけたりができるじゃん。あこがれるんだよね、絵を描かない人間は。フチがぼけた感じとかグラデーションというのに。
【他故】あ~。
【きだて】そこが手軽に味わえるのは、当然いいよ。
【他故】ド下手な人でも、ものすごく水を入れて薄めてちょっとずつ塗れば、それなりに色がのるので。それなら、線画で水彩もいけるかなと思うのね。
【きだて】小学校の図工で習う絵の塗り方って、絵の具をベターッと塗っていって、“メリハリ”みたいな感じじない。
【他故】そうそう。「ポスターカラーか!」みたいな塗り方をするんだよな。
【きだて】それを子どもがやると、いかにも拙い感じになるのね。それが嫌で絵を描かなくなる子もいるんじゃないかな。今はいくらでも上手な絵を見る機会があって、そういうのは大体グラデーションがきれいでとか、ボケたような雰囲気でとか。そういうのを見る一方で、パキパキっとしたベタ塗りをさせられると、「うわー自分の絵はへたくそだ」と思って、絵を描くこと自体が嫌いになっちゃうとか。
【他故】決められた色の中から、決められた色で塗らないといけない気持ちになっちゃうんだよね。混色するとか、弱くするとか、薄くするとかそういう発想がないから、どうしても「リキテンスタインか!」みたいなすごい色遣いになってしまう。
【きだて】全然自由じゃない、自由画教育的な話なんだけど。
――今、カラー筆ペンが流行ってて、水筆でのばしてグラデーションにしたりするじゃないですか。
【高畑】そうそう。絵の具じゃなくて、水性のカラー筆ペンを水でのばすような技法を流行らせようとしてたりとか。
【きだて】ぺんてるも今、「パステル+水筆」というをやってるしね。
【他故】そういう意味でも、面白いジャンルではあると思うので、新製品じゃなくても、こういう手軽なものがあったら、使ってみると面白いと思って。まあ、ベッタリと濃く塗っちゃうと、大抵下手に見えちゃうんだよ。
――結局、それで色を塗るのが嫌になっちゃうんですね。
【きだて】そうそう。
【他故】僕もそれがずっと嫌で、自分の中で許せなかったんですけど。水彩も、テクニックじゃなくて、「こんな風でいいんだ」と思えればね。
【高畑】多分、いっぱい塗っているうちに、水彩も上手になると思うんだよ。
【他故】そうそう。
【高畑】それが最初に、自分が思っているところの自意識に対して、上手く描けないということに対する不満がね。きだてさんが字を書くときに言っていることってそうなんだよね。
【きだて】そう。絵に関しては、うちの父親が画家志望だったんだよ。画家くずれで。
【高畑】画家になろうとしたぐらいだから、絵には思い入れが強いんだろうね。
【きだて】画家というか漫画家志望だったらしいんだけどね。美大行きたかったけど、金がなくてダメだったんだけど。そのゆがんだ情熱が、長男である幼い頃の俺にぶつけられて。
【高畑】ぶつけられたんだ。
【他故】「俺ができなかったことを子どもに」って(笑)。
【きだて】小さい頃から色々と絵の指導をされて、夏休みの自由研究なんて、泣くまで描かされて、それで絵を描くのが嫌いになっちゃったんだけど。
【他故】それは嫌いになるわ。
【高畑】絵画教室は?
【きだて】絵画教室も通わされたよ。そこでも絵を描くの嫌だから、画用紙で工作ばっかしてたのよ。
――それで、工作好きになっちゃったんですね。
【きだて】そう。嫌なことからの逃避先だったから。
【高畑】ああ、それで今の工作好きのきだてさんになったんだ。
【きだて】でも、絵画教室に行かされて、一つだけよかったのは、いきなり「絵の具を水でバッシャバシャに薄めなさい」という指導から始まったのね。
【高畑】そうなんだ、へぇ~。
【きだて】それまで学校では、水はちょびっとで、色は「自由に混ぜなさい」だったけどさ、ベターッとした塗りをさせられて。それが嫌だったわけよ。
――色ムラができるのは、御法度だったわけですな。
【きだて】こうやると上手く見えるという、小手先テクニックをまず教えてくれたのがよかったのね。
【他故】知らないことはできないからね。
【きだて】それに関しては、目からウロコだったのよ。小学生だった俺にとっては。
【他故】小学生のときに「色を混ぜなさい」っていうのは、だんだん黒に近い汚い色になっていくというイメージがすごく大きくて。
【きだて】色の三原色みたいな話はされるんだけど、色数が多くなっていくと黒に近づくよという話は意外とされないんだよな。
【他故】そうだよね。汚くなるとは言ってくれないので。
【高畑】子どものときは「自由にやりなさい」って言うくせに、大人になって上手くできないと、「やっちゃいけないこと」みたいになるじゃん。
【きだて】そうそう。
【高畑】ヘタクソだけど、やっていいんですよというか。あと、意味のあることをやらないといけない教育というのがどうもね。
【きだて】俺は大正時代から現代までの自由画教育というのが本当に大っ嫌いでさ。「子どもの気持ちのおもむくままに描きなさい」じゃねぇんだよっていう。あれは、大人が“いかにも子どもらしい拙さ”を見て満足するためのもんじゃないかなと思ってて。
【高畑】ああ、それは何か分かるな。それは、読書感想文にも同じ事が言えるね。
【きだて】そうそう、そうなんだよ。
【高畑】大人になって絵を描くのってさ、上手じゃない人が恥ずかしい思いをしなくちゃいけない。
【きだて】絵も文章もテクニックというものがあるわけですよ。
【他故】そらそうですよ。
【きだて】だから、そこを教えなさいよ。そこを教えれば、後は自由に応用することができるから。
【他故】本来、教育ってそうだよな。
【きだて】まずは、小手先を教えなさいよ。
【他故】基本みたいな部分から。
【きだて】基本というか、「こうやると上手くみえますよ」というところから入った方が、気持ちいいじゃん。早く近道を教えなさいよっていう。
【高畑】それは、どっちもあるな(笑)。
【きだて】近道を教えて、そこから一定以上できるようになってから自由にやんなさい、というのはできるんだよ。
【高畑】それは、「こうやるとそれっぽい絵が描けるよ」となると、物を見なくなるので、物の絵が描けなくなるんだよ。それは多分、別問題で。
【きだて】ただそれでも、見て描くやつは描くし。
【高畑】ちゃんとした絵を描くというのは、多くの人にとってハードルがすごく高くて、それを子どものときに全員に強要するのは酷だ、というのはすごく分かる。
【きだて】100人の中から、一人の天才を見つけ出すのだったら自由画教育はいいのかもしれないけど、それだと99人の絵嫌いを生み出しかねないんだよ。
【高畑】きだて絵画論来た(笑)。
【きだて】それよりも、99人の絵画レベルを引き上げて、それから才能を掘っていった方が絶対にいいと思うし。
【他故】うん。
【きだて】才能が見つからなくても、ある程度絵は上手くなるから、将来「ここにポンチ絵入れていて」というのもできるし。
【高畑】目的が違えば、それはそれであるね。
【きだて】実用性もあるわけじゃん。絵もそれなりに、実用の技術なはずだからさ。
【他故】まあ分かるけどね。
【高畑】技術としてもそうなんだけど、それよりも許容する世界をつくる方が大事で、多分きだてさんも字を書く技術は教えてもらっているはずなんだよ。教えてもらっても、多分できてないんだよ。
【きだて】そう。
【高畑】だから、「誰でもきれいに書けますよ」メソッドは、もう散々いろんな人が試して、そういうメソッドをきだてさんに与えても、きだてさんは書けてないので。子どものときはいろんな道筋があると思うけど、大人になってから恥ずかしくて絵が描けない人に、いきなりきれいな絵は難しいので、やっぱそこは敷居を下げるべきだと思うんだよ。だから、どっちに行かせたいかによると思うよ。それで、触れなくなっちゃうのは残念だよ。
【他故】まあね。それはそうだよ。
【きだて】それはもったいないよ。俺が字をきれいに書けないのは、脳に浮かべているきれいな文字のイメージが、手に伝わってないんだよ。頭の中のイメージをなぞっているのに、そうならないという不思議な現象が起こるんだけど。
【高畑】絵もそうだよ。絵を描くというのは、三次元を見て二次元に落とすという作業なんだよ。見ているまんま描けばいいのに、それが描けないというのは、そこで再解釈しちゃうからできないから。見たまんま描ける人は正解が描けるんだけど、僕らは見た物を一旦「あ、これは立体としては筒状のもがあって」とか再構成しちゃうから、それを戻すのが上手くできない。
【きだて】かみ砕いての消化不良ができちゃってる状態なんだけどね。
【高畑】色なんかも、見えている色をそのまんま出せればいいんだけど、赤は赤じゃなくて、テカっている部分は赤じゃなくて白いよねっていう、見たまんまの色を見たまんまに感じられなくて、頭で解釈する大人になっちゃったから、俺らはそれが上手くできないんだよね。
【きだて】そういうのも、赤から白へグラデーションできる技術を知っていれば、できるかもしれないじゃん。子どもでも。
【高畑】あ~、まあどうなんだろうね。
【きだて】だから、技術は大事という話で。
――子どもの方が、頭がやわらかいからできるかもしれませんね。
【きだて】いや、その「やわらかい」っていうのがダメなんですよ。子どもも大人も一緒!
【高畑】子どもが、「自由に描け」と言われて描けないのはすごい分かるんだよ。それで、上達の方法とか、絵に対する考え方がアプローチがいくつかあるので、そっちから最初にやっちゃうと、本道の方に行けなくなってしまうというルートを作っちゃうことではあるんだよ。
【他故】ふむ。
【高畑】カラオケってすごい発明だと思うのね。歌を歌うのってはずかしいじゃん。上手い人以外は、大人になるとはずかしくて歌えないのに、あの箱をつくって、歌っていいんだよ、下手でもいいんだよという空間をつくったじゃん。カラオケはそれに成功しているんだよ。
【きだて】分かる、それは分かる。
【高畑】カラオケがなかったら、俺ら世代は歌わないよね。
【きだて】俺らが中高生の頃って、「カラオケ行こうぜ」と言っても、人前で歌うの絶対嫌だから歌わないというやつが結構いたからね。
【他故】ああ、いたね。
【きだて】でも、これだけカラオケが普及したから、そういう人はいないんじゃないかな。
【高畑】歌わない人はいるかもしれないけど、歌える人は増えたじゃん。で、みんなと歌うということが可能になったじゃん。だから、みんなで絵を描くというのが、上手いか下手かはともかく、自分なりの上手さで絵を描くことを楽しむ、カラオケボックスみたいなものが必要なんだよ。
【他故】そうね。
【高畑】そういうのは、プロになりたいというのとは別に必要じゃん。そういうのに必要な画材もあって、芸大を目指すような人は別だけど、俺らのように40歳を超えて「昔は水彩上手く描けなかったな」という人たちが、ちょっくらやってみるかというのは、カラオケボックス的な発想だと思うんだよ。
【きだて】ああよかった、着地した。何か変な芸術論に行っちゃったかと思って、言い出した本人がハラハラしてたよ(笑)。
【他故】全然いい話になってたよ(笑)。
【高畑】幼児教育に対してどうという話をし過ぎると、そこは本道もあると思うんだよ。ただ、大人になって俺らみたいに「昔上手に塗れなかったな」という人たちに、こういう道具はもっとインスタントでもいいよ。
【他故】そうだね。
【高畑】これ楽しいよ。塗る楽しさってあるじゃない。
【きだて】ある。それは分かる。
――塗ることに対して苦手意識があった他故さんが、これで楽しんでいるんですから。
【高畑】そうだと思うよ。他故さんがそれを楽しんでいる時点で、この商品は充分にその機能を果たしているというかね。
【きだて】存在価値はここにあったという話だからね。
【他故】そうそう。すごくいいっすよ、これは。ハードルが低いものなので、みなさんも是非お使いください。
プロフィール
きだて たく
小学生の時に「学校に持っていっても怒られないおもちゃ」を求めて、遊べる文房具・珍妙なギミックの付いた文房具に行き当たる。以降、とにかく馬鹿馬鹿しいモノばかり探し続けているうちに集まった文房具を「色物文具=イロブン」と称してサイトで公開。世界一のイロブンコレクターとして文房具のダメさ加減をも愛する楽しみ方を布教している。著書に『イロブン 色物文具マニアックス』(ロコモーションパブリッシング)、『愛しの駄文具』(飛鳥新社)など。
色物文具専門サイト【イロブン】http://www.irobun.com/
他故 壁氏(たこ かべうじ)
文房具トークユニット〈ブング・ジャム〉のツッコミ担当。文房具マニアではあるが蒐集家ではないので、博物館を作るほどの文房具は持ち合わせていない。好きなジャンルは筆記具全般、5×3カードとA5サイズノート。二児の父親。使わない文房具を子供たちに譲るのが得意。
たこぶろぐhttp://powertac.blog.shinobi.jp/
*このほか、ブング・ジャム名義による著書として『筆箱採集帳 増補・新装版』(廣済堂出版)と、古川耕さんとの共著『この10年でいちばん重要な文房具はこれだ決定会議』(スモール出版)がある。
弊社よりKindle版電子書籍『ブング・ジャムの文具放談』シリーズを好評発売中。最新刊の『ブング・ジャムの文具放談6』も発売。
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